榊原清則(さかきばら きよのり)

「先端的情報システムの導入利用における日本の実態:
CADとERPを事例として」


《報告要旨》

情報ネットワーク技術はめざましく発達し、その発達の方向は基本的にユニバーサルであるが、ビジネスにおける導入利用の実態は必ずしも世界共通でない。そこで、先端的情報ネットワーク技術の例として、ここでは新世代3次元CADとERPの2つをとりあげ、その導入利用実態を内外で比較し、日本の特徴を明らかにしたい。

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《報告者プロフィール》

 
報告者:報告者:榊原清則(さかきばら きよのり)氏
    科学技術庁科学技術政策研究所 総括主任研究官

《プロフィール》
 1949年北海道小樽市生まれ
 1973年3月 電気通信大学電気通信学部経営工学科卒業
 1978年3月 一橋大学大学院商学研究科博士課程修了
 一橋大学商学部講師、助教授、教授の後に
 1992年4月〜96年3月 ンドンビジネススクール準教授を経て
 1996年4月〜98年3月 慶應義塾大学総合政策学部教授
 1998年4月から現職。 商学博士(一橋大学)
 1982年8月〜84年3月 米国マサチューセッツ工科大学客員研究員
 1983年6月〜84年5月 米国ハーバード大学 国際問題研究所研究員
 1990年9月〜91年8月 米国ミシガン大学 日本研究センター客員準教授

    《主な著書・論文》
"A Built-in Bias for Developing Too Many Products Too Frequently: The
Problem of Japanese Firms," Business Strategy Review, Vol. 5, No. 4, 1994,
pp. 57-68.
"Effects of Diversification of Career Orientations on Management Systems in
Japan," Human Resource Management Journal, Vol. 32, No. 4, 1993, pp. 525-
543.
"R&D Cooperation Among Competitors: A Case Study of the VLSI Semiconductor
Research Project in Japan," Journal of Engineering and Technology Management
,Vol. 10, 1993, pp. 393-407.
『美しい企業 醜い企業』講談社 1996年
『日本企業の研究開発マネジメント』千倉書房 1995年(経営科学文献賞受賞)
『企業ドメインの戦略論』中央公論社 1992年
『事業創造のダイナミクス』(共著) 白桃書房 1989年
『競争と革新:自動車産業の企業成長』(共著) 東洋経済新報社 1988年
『企業の自己革新』(共著) 中央公論社 1986年
 Strategic vs. Evolutionary Management: A U.S.-Japan Comparison of Strategy
and Organization, North-Holland, 1985.
『日米企業の経営比較』(共著) 日本経済新聞社 1983年(組織学会学会賞受賞)


コンピュータ産業研究会/東京大学経済学部/99.10・18

先端的情報システムの導入利用における日本の実態

CADERPを事例として〜

榊原清則(科学技術政策研究所&SFC

高嵜祐輔(SFCM2

藤田健太(SFCM2


 


 

1.情報通信技術(IT)の意義(一般論、総論)

@「デジタル化」(digitization

A「仮想化」(virtualization

B「モジュール化」

C「ネットワーク化」あるいは「連結化」

D「仲介機能の排除」(disintermediation

E「即時性」(immediacy

F「グローバリゼーション」(globalization

 

2.情報化のインパクトの多義性

(1)「モジュール化」を巡る議論
 

− 複合化と断片化と(アンバンドリングとバンドリングと)

− 本質は、ITにより、価値連鎖の組合せの自由度が上がったということ

戦略論でいう「価値連鎖の分解と再構成」の問題


(2)「仲介機能の消滅」論
 

− 他方で「インフォメディアリー」ビジネスの隆盛

− 信頼性や付加価値を付加できる仲介機能は生き残る


(3) IT投資と生産性:証拠は対立している
 

− 情報化投資は生産性:情報化(IT)のパラドックス

90年代に入って「情報化投資は生産性に貢献」が優勢か

− しかし「IT投資と生産性との間に安定的関係は発見できない」


3.先端的情報システム:3次元CADERP

(1) 機械設計用CAD

− 2次元から3次元へ;旧世代3次元から新世代3次元へ

− 新世代3次元CADの特徴:究極的にはすべての部品データが同一基準のデジタル・データに統合され、また設計、生産、解析などの異なった機能間でもデータが一元化可能 (2) ERPEnterprise Resource Planning、統合基幹業務システム) − 経営資源の全社的な計画活用をめざし、企業の基幹情報を総合的に扱うシステム。会計、人事、販売、生産といった企業の様々な基幹情報を中央のデータベースで統合し、統一的ITインフラのもとでリアルタイムな経営情報活用をめざす − 特徴:@対象業務範囲が広い;A統合志向

表1 ERP以前のおもな情報システム


 



 
  名称 概要
BOM Bill of Material 製品と部品、材料を階層的にとらえる手法
MRP Material Requirement Planning 組立型製造業において、製品の需要予測、在庫状況、製造リードタイムに基づき、いつ何個の半製品や部品が必要かを計算して、部品調達や製造指示を与えるもの
CRP Capacity Requirement Planning  生産設備の負荷と能力を計算して、負荷を超えている設備やラインの平準化、最適化を図るもの
DRP Distributed Requirement Planning 物流各拠点における需要と在庫状況に基づき、供給・配送計画を立てるもの
MRPU Manufacturing Resource Planning 資材の発注在庫管理から設備人員計画や物流計画に拡大。財務会計、人材管理機能、物流管理機能や管理会計などが取り込まれていく
ERP Enterprise Resource Planning 企業全体の経営資源を有効活用するという視点から生まれた統合型管理システム。経営の合理化と効率化を促進する。業務の垂直化から、横断、水平化を実行すべくソフトウエアとして製造業以外にも対象を拡大

注)辻本将晴、「パッケージ化された情報技術と組織・資源戦略の整合性」、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科修士論文、1999年、16頁の表2を筆者が一部修正

(3) 先端的情報システムに共通の特徴

1− 部門横断的、業務横断的、企業横断的

2− 強い統合志向

3− 組織や業務プロセスとの連結性の高さ

4.先端的情報システムの日本における導入利用実態

(1) 3次元CAD98年機振協調査)

  1. 導入の有無

  2.  

     
     
     

    − 2次元CADは全社で導入済み。3次元CADは導入済みが65%。90年代に急上昇。新世代3次元CADは回答149社中50社が導入(約34%)

    − 平均2種類弱。大半が市販システム

  3. 使用状況

  4.  

     
     
     

    − 「3次元CADがメイン」は10%に満たない。新世代3次元CADは3社(1.8%)のみ。要するに2次元CAD主体

    − 「2次元から3次元への移行段階」が33%。併用が多いということ。

    図1 CADの使用状況(N=163

    注)機械振興協会経済研究所、「製品開発における3次元CAD利用の現状に関する調査」、機械工業経済研究報告書H10-31999年、34頁の図3-3

  5. 導入イニシアティブ:設計部門主導
表2 3次元CAD導入の組織的推進主体
推進主体
回答数
構成比
設計部門が主導的に促進
69
47.6
事業部内の特別プロジェクトが主体
25
17.2
全社的な特別プロジェクトが主体
20
13.8
本社情報システム部門が主導
9
6.2
事業部情報システム部門が主導
9
6.2
その他
13
9.0
合計
145
100
 
注)機械振興協会経済研究所、「製品開発における3次元CAD利用の

現状に関する調査」、機械工業経済研究報告書H10-31999年、73


(2) ERP98年慶應SFC調査)

  1. 導入状況

  2.  

     
     
     

    − 回答616社中、「全社的導入」3.4%、「社内の一部に導入」10.9%、「検討中」37.5%、「検討なし」46.9%、「不明」1.3%(合計100%)。検討中を含めても全体の約半分にとどまり、導入企業に限ってみても部分的導入が多い。

  3. 導入モジュールの内容(別表参照)

  4.  

     
     
     

    − ユーザー企業の導入モジュールの検証:「会計+購買管理−生産管理−販売管理」といったプロセス統合志向は一般的でない。

    − 古いシステムの併用。だから、逐次型の導入利用が進められていると推測

  5. 導入イニシアティブ:社内システム部門のイニシアティブによって導入
表3 ERPの導入イニシアチブ
 
回答数
構成比
社長または会長のイニシアチブにによって導入
13
14.4
社長または会長以外の役員のイニシアチブによって導入
12
13.3
社内のそれ以外のイニシアチブによって導入
17
18.9
情報システム担当役員(CIO)のイニシアチブによって導入
16
17.8
社内システム部門のイニシアチブによって導入
28
31.1
無回答・不明
4
4.4
合計
90
100
注)榊原清則監修、「21世紀の企業経営パラダイム:各論編」、経団連21世紀政策研究所、1999年、111


(3) 日本の状況(要約)

1− システムの部分的・限定的な導入適用/逐次型の導入/既存システムとの併用

2− 特定部門主導型(部門横断的あるいは全社的取組みでない)

(4) なぜか

@組織関連性(organizational relevancy

  −組織文化:「作り込み」重視の文化

  −組織体制: 情報システム部門は中枢的部門でない

CIO自体、一般的とはいえず、影響力も小さい

専任CIOが少ない
 
 

A戦略関連性(strategic relevancy
  −低い。というより、あえて戦略中立的システムをめざしてきた(?) cf. 欧米では、グローバル化やM&Aといった戦略展開(およびそれと並行した資産効率改善、資産圧縮、組織スリム化といった動き)と連動させ、ITをレバレッジに活用する例が多い
 
5.まとめと国際比較研究への展望
  1. システムの規定要因
図2 戦略、組織、情報システムの適合性

 
 

欧米: 戦略→IT 組織に関するチャンドラー命題がITでも成り立つ

日本: 組織→IT 組織あるいは業務ワークフローとの馴染みの良さでITを規定

している。組織の絶対化、組織の自己目的化 (2) 日米それぞれにおける悪循環シナリオ

日本の悪循環シナリオ:
 組織&戦略関連性
 

→ 先端的情報システムを部分的・限定的に導入

→ カストマイズし部分最適化

→ システム投資の効果が出にくい

→ 追加的IT投資が困難に

→ 統合的ITインフラの構築に着手できず

欧米の悪循環シナリオ(CIO爆走仮説):
  組織&戦略関連性
 
→ 先端的情報システムを全社的に一気に導入。全社最適めざす

→ インプリが付いていけずオペレーションが混乱

→ CIO主導で全社的問題分析

→ 統一的ITインフラ再構築をめざし、再度ビッグバン的投資へ

発生しがちな典型的問題(要約)
 
日本:組織過剰。IT投資過少ぎみに推移

欧米:戦略過剰。IT投資過多ぎみに推移